出張版・「アートよりも大人になろう」の巻き


http://d.hatena.ne.jp/n_euler666/20080224/1203866108


「おやおや、以前貴方がかなり指摘した方では無いですか。
ちなみに今回は出張版につきアイコン無しです、ってーかこの人がたいへんロリペドなので進めなきゃいけないことが進んでません。」


ルゥリィは俺のものである、これは普遍不動の理なのである。


「いやまず黙れ。
じゃ、ちゃちゃっと済ませますか。」

(なんでエロゲーの原画の絵としての昇華を求めないのかがまず分かりません)
そうやって記号的で商業主義的でポストモダンな教育が行き届いた世界に籠ることを別に誰も止めません.
けれど,エロゲーも文化(?)としてもう少し幅があったっていいとは思っています.


エロゲンガーの皆さんが、美術史に名を残したい意志を持っているのであれば有効でしょうね。
そうではなく、ただ単に好きでやっている事にケチをつけるのはいかがなものかと。
貴方に限定しませんが・・・、何事に於いても妙なハードルを設ける、オタクの悪いクセだと思いますよ?
好きで絵を描いているならそれでもう十分です、先に進みたいなら進みたい方だけが行けば良いと思います。」


あんたが、エロゲが好きで言っているならまだしもなぁ・・・。
野球の何たるかも知らない人間が、とりあえずイチローの名前だけ知っていて、赤星みたいな選手を目指す子供を叱りつけて、イチロー目指せ!と言っているようなもんかしら。
ポケモンに例えようとしたが、ポケサン叩いている人間は、どんな形であれポケモン好きなわけだし・・・。


「まぁ、適切ではありませんが近しいですよね。
ゲーム製作は、野球に通じるところもあります、絵描きがいれば作れるものではありませんから。
貴方は、野球で言えば打撃力だけを重視して、塁を取る走力や、相手の球を的確に取れる防御力を無視しているのだと思います。
そんな人間が「幅があっていい」とは、少々おこがましいのでは。
どんな形であれ、チームの勝利に貢献できる野球選手は尊く、等しく、ゲームの利益になりえる原画家尊いのです。
例え、実力が無かったとしても。」


上手い下手の幅も含めるべきだよね、と言うと俺の言い訳になっちゃうか。

「着色方法の王道」というものに従う絵師はおそらく,「安易にツールを使って個性のない塗になってしまっているよね」と嘆かれると思われます.
「回転を早めるため」に他人(アシスタント)の絵を使わなければいけない状態を嫌う人も多いです.特に「絵に興味がある人」にそういった傾向が強いと思っています.
「原画以外興味ない」というか「(ファインアート的な意味で)絵に興味がない」んでしょう.


「確かに、貴方の頭の中にしか存在しないファインアート的な絵なんて、誰も興味ないでしょうね。
というか話の流れを読むに、フォトショップで塗ってしまうと安易になるとお考えで?」


あれは・・・、いろいろ出来るんだけどねぇ。
その理屈で言うと、アクリル絵の具や青系統の絵の具を使う人間も、安易なツールを使って個性の無い塗りをしている事になるんだぜ?
ま、何でそういう理屈になるかはちょっと長いので端折るけど、昔は青い絵の具が無かったから、自力で作っていたの。
あとアクリル絵の具って言うのは油彩の代替品だ、これもツールとしてはかなり新しい、しかも油彩より手早く便利に描けると言う利点がある。
でも実際油絵の画家が、アクリル絵の具の、しかも青を使っている人間に、
「安易にアクリルや青を使って個性の無い塗りになっている」なんて言っても、正直情けないだけなんだぜ?
例えその人が、壮絶に上手い絵を描けていたとしてもだ。


「時代が便利になっただけで、使っている人間の個性は十分に発揮できるかと思われますが。
それと別に、複数人の作業で達成できるものがあるならそれでも良いのでは。
ウルトラマンも人間も、仲間がいれば、どんな強敵とでも戦い、そして、勝つことが出来る」。
確かに伝統的な意味では、画家というものは基本、個人作業で作品を作ってきましたが。」


ウルトラマンは、たった一人で地球を守らなきゃいけない義務でもあるわけ?」が適切じゃないかね、まぁいいが。
それは伝統がそうなのであって、絶対の基準じゃ無いやい。
伝統なんてモノは、今までの歴史の中で何度もひっくり返されてきたさ。
つかその理屈で言うと、クラシックとかは、「(ファインアート的な意味で)音楽に興味が無い」事になるよね。


「単に時代の変遷として、現在絵を描く人間は複数のチームで組む必要が生まれ、
逆に音楽はツールの進歩で、必ずしも大人数を引き連れる必要性がなくなった、だけの事かと思いますけど。
そしてクラシックは、伝統を守っているから今でも人数が必要なだけで。
一人で描くか複数の力で描くかなんて、広い意味での芸術史からすればちっぽけな違いに過ぎませんよ。」


正直言うが、あんたはたぶん、絵の事をほとんど知らないんだろう。
あんた自身は、矛盾の無い完璧な理論で話しているつもりだろうけど、
芸術史、美術史に拡大しちゃった以上、その言い分には穴が多いのな。


「わたしの知りうる限りの、「ファインアート的な意味で」エロゲンガーを評するならば、彼らは立派な絵描きだと思いますけれど。
単に人物だけを描いて評価されるなら、それも結構なのでは無いでしょうか。
単純なパース、単純な構図で描かれた作品の一つは、今や人類の宝とさえ言われているほどですし。
モナ・リザは、単純な背景と、面白みの無い構図で描かれていますよね?」


まぁ、あの時代の連中をすげーすげーと言っているのは、時代や権威に屈した形での思考停止だから、
彼らとエロゲンガーを同列に考えることは出来ないんだよね。
オタどもの虚栄心が、同じ舞台に上げる事を拒むから。
これはあんたにも言える事だが、大体のオタにも当てはまる事だね。
・・・俺は別に、最強に上手い絵を描ける人間が偉いとは思わないなぁ。
「もし私が、だれかのやった事や作り上げたものを、見たり、聴いたり、感じたりし、
その人が残したものの中に、そのひととなりや、本人の考え方、望みやあこがれや苦しみを感じ取る事が出来たとしたら、
私にとってはそれが芸術だね。」
ブルーノ・エルンスト著「エッシャーの宇宙」より抜粋、と。


まぁ、このような考え方は、エッシャーを思考のバックボーンに用いているこの人限定なんですけどね。

このどちらも意味不明です.何故ここで私自身への攻撃になるのかよくわからない.一応通俗的な指摘として聞いておきますが.


「確かに、貴方自身の画力を問うのは愚行だと思います。
プロがアマチュアに向かって、「文句があるなら俺より上手く描いて見せろ!」と言っちゃうと、それ、底無しに情けないですし。
ですが貴方は、貴方自身の発言を読み返すべきでは無いでしょうか。」


あんたは、前々から思っていたんだが、自分の知識や認識の至らなさを指摘されても、
それを改めようとも、ましてや「自分が間違っていた、すみません」の一言も言って無いわな?
なんかさー、あんたは、反論があるたびに、それこそわけの分からない言葉で煙に巻くんだよ。
それでどうしても反論できない事は全部無視する、この前だって俺の発言の、ほんの一部ばかり取り上げて、そこに対する反論は全部無視したじゃん?
自分が間違っていたと言う宣言を、一度たりともやろうとしない。
俺はエロゲンガーを貶す(そのつもりは無いんだろうけど、そう受け取れる)より、そのいい加減な態度の方が気に食わないね。
別に、あんた自身の価値観で、エロゲンガーを絶対に評価しないなら、それは自由だ。
でもそれとは別に、自省や自戒が抜け落ちているのは大人としてどーなのかな?


「貴方自身は悪意無く発言しているのでしょうけど、そういった態度が周囲に不快感や怒りを生んでいるのではないかと。
もっとも、「怒りは人間から冷静な心を奪い去る」ので、適切な反論をしているとは言いがたいですが。
挑発的(と周囲に見られる)な態度でいるから、口汚い罵詈雑言を受けるのでは?
貴方だって、いい加減な発言で侮辱されれば腹を立てるでしょう、それと同じ事が、周囲の人間にも当てはまるだけです。
いい加減な事を言っていないとお考えであれば、そうであるか否かは、自身ではなく、他人が評価すると言う事を忘れないでください。」